【可換環論】「控えめな有理数」を解いてみる【滋賀医科大学2016】

注意

受験生の人は、解答を書く際にこの記事を参考にしないでください。(あくまでネタなので)

ミスがあったら指摘をお願いします。

ここでは、特記事項がない限り自然数{\mathbb{N}}は0を含むものとして書かれています。

問題文

分母が奇数、分子が整数の分数で表せる有理数を「控えめな有理数」と呼ぶことにする。例えば{-\frac{1}{3},2}はそれぞれ{\frac{-1}{3},\frac{2}{1}}と表せるから、ともに控えめな有理数である。1個以上の有限個の控えめな有理数{a_1,\ldots,a_n}に対して,集合{S\langle a_1,\ldots,a_n\rangle}を,

$$S\langle a_1,\ldots,a_n\rangle=\{x_1a_1+\cdots+x_na_n|x_1,\ldots,x_nは控えめな有 理 数\}$$

と定める。例えば 1は{1\cdot \left(\frac{-1}{3}\right)+\frac{2}{3}\cdot 2}と表せるから、{S\langle \frac{-1}{3},2\rangle}の要素である。

  1. 控えめな有理数{a_1,\ldots,a_n}が定める集合{S\langle a_1,\ldots,a_n\rangle}の要素は控えめな有理数であることを示せ。
  2. 0でない控えめな有理数{a}が与えられたとき、{S\langle a\rangle =S\langle 2^t\rangle}となる0以上の整数{t}が存在することを示せ。
  3. 控えめな有理数{a_1,\ldots,a_n}が与えられたとき、{S\langle a_1,\ldots,a_n\rangle=S\langle b\rangle}となる控えめな有理数{b}が存在することを示せ。
  4. 2016が属する集合{S\langle a_1,\ldots,a_n\rangle}はいくつあるか。ただし{a_1,\ldots,a_n}は控えめな有理数であるとし、{a_1,\ldots,a_n}{b_1,\ldots,b_m}が異なっていても、{S\langle a_1,\ldots,a_n\rangle=S\langle b_1,\ldots,b_m\rangle}であれば、{S\langle a_1,\ldots,a_n\rangle}{S\langle b_1,\ldots,b_m\rangle}は一つの集合として数える。

出典:滋賀医科大学2016の入試問題(前期日程の数学の大問[2])

登場人物

この問題文は大学の入試問題で出題されたものなので、受験生向けということで、登場人物には便宜上特別な名前をつけられている。しかし、大学で数学をやると彼らの名前を知ることになる。

「控えめな有理数」とは環の局所化のことである。(ここで、局所化についても環の構造を持つ。)

{S\langle \cdots \rangle}とは{\langle \cdots \rangle}の中身の元で生成されるイデアルのことである。

この問題は、この局所化環におけるイデアルがどのような性質を持っているかを問いている。

記号・用語の意味

環:集合に対して足し算と掛け算が定義されていて、①和についてアーベル群、②積について可換モノイド、③分配法則が成り立つもの。

環の例:整数全体の集合、環係数の多項式全体の集合

 

イデアル:環{R}の部分集合{I}であって、「任意の{x,y \in I}について{x+y\in I}」と「任意の{a\in R,x\in I}について{ax\in I}」をみたすもの

イデアルの例:整数環{\mathbb{Z}}に対する「偶数全体の集合{2\mathbb{Z}}

 

生成:{a_1,\ldots,a_n\in R}としたとき、

$$\langle a_1,\ldots,a_n\rangle=\{x_1a_1+\cdots+x_na_n|x_1,\ldots,x_n\in R\}$$

を、{a_1,\ldots,a_n}で生成されるイデアルという。

例:{2\mathbb{Z}}は2で生成されるイデアルである。つまり{\langle 2\rangle =2\mathbb{Z}}である。

 

整域:環{R}であって、以下の条件を満たすもの

条件:{x,y\in R}について、{xy=0}ならば{x=0}または{y=0}である。

整域であるもの:整数環{\mathbb{Z}}

整域でないもの:{\mathbb{Z}/6\mathbb{Z}}。ここで、{2\times 3=6=0}であるが、{2\neq 0,3\neq 0}である。

 

PID(単項イデアル整域):{R}の全てのイデアル{I}がある{a\in R}について、{I=\langle a\rangle}と表記できるような環

PIDの例:整数環{\mathbb{Z}}

PIDでない例:2変数の多項式環{\mathbb{R}[x,y]}。ここで、{x}{y}で生成されるイデアル{\langle x,y\rangle}は単項生成イデアルではない。

 

ユークリッド整域:{R}を整域とする。以下の条件を満たすものをユークリッド整域という。

条件:{f:R\setminus\{0\}\to\mathbb{N}}が存在して、任意の{a,b\in R,(b\neq 0)}についてある{q,r\in R}が存在して、{a=bq+r}かつ「{r=0}または{f(r)\lt f(b)}」を満たすもの

お気持ちとしては、「割り算と余り」を健全に考えることが出来るような環である。

一般に、全てのユークリッド整域はPIDである。

ユークリッド整域の例:整数環{\mathbb{Z}}

ユークリッド整域でない例:{\mathbb{Z}\left[\frac{1+\sqrt{-19}}{2}\right]}←これはPIDであるがユークリッド整域でないような例である。証明は知らん(つまり、「全てのユークリッド整域はPIDである」は言えるが、その逆「全てのPIDはユークリッド整域である」は言えないのである。)

 

単元:環{R}の元であって、逆元を持つもの。単元全体の集合を{R^{\times}}と書く。つまり{R^{\times} =\{x\in R|\exists y\in R,xy=1\}}である。

単元の例:{\mathbb{Z}}の単元は{\{1,-1\}}である。 

 

環の局所化:{S\subset R}を積閉集合とする。(つまり、{x,y\in S}ならば{xy\in S}である。)ここで、{S^{-1}R}というものを、

$$S^{-1}R=\left\{\frac{x}{y}|x\in R,y\in S\right\}$$

という形式的な分数で書けるもの全体の集合を局所化という。和と積を分数の足し算と掛け算と同じようなノリで定義すると、これも環になる。例えば、

$$\frac{b}{a}+\frac{d}{c}=\frac{bc+ad}{ac},\frac{b}{a}\times \frac{d}{c}=\frac{bd}{ac}$$

となる。ここで、{a,c\in S}であるため{ac\in S}となり、足し算や掛け算の結果も同様に{S^{-1}R}の元となっている。(積閉集合であることはここで生きてくる)

また、「約分して同じになるもの」も同じものとして扱う。例えば

$$\frac{ac}{bc}=\frac{a}{b}$$

みたいな感じ。実際は{R}が整域でない場合はもっとややこしくなるのだけど、この記事で考えるのは{\mathbb{Z}}みたいな「お行儀のいい」環ばっかりなので、深入りはしないことにする。

{S}の例としてありがちなのは、「素イデアルの補集合」という感じだろう。整数に例えると、「{p}で割り切れない整数全体の集合」といった感じである。(ただし{p}素数である){p=2}だった場合、「奇数×奇数=奇数」となるんだから、「奇数全体の集合」は積について閉じているよね、みたいな感じ。ここで、奇数についての局所化は「分子が整数で、分母が奇数の有理数」なので、これは「控えめな有理数」そのものになる。

解答

{\mathbb{Z}}を整数環として、 {p\in\mathbb{Z}}を素元*1とする。ここで、{p}で生成されるイデアル{p\mathbb{Z}}は素イデアルとなる。つまり、{S=\mathbb{Z}\setminus p\mathbb{Z}}は積閉集合となる。

ここで、{\mathbb{Z}}ユークリッド整域であることに注意。(つまり、{\mathbb{Z}}はPIDであり、UFD*2でもある。) 

 

ここで、{S}に関する{\mathbb{Z}}についての局所化を考える。これを{\mathbb{Z}_p}と書く。この集合は以下のように書くことが出来る。

$$\mathbb{Z}_p=\left\{x/y |x\in\mathbb{Z},y\notin p\mathbb{Z}\right\}$$

 

このとき、{\mathbb{Z}_p}の単元の集合を考えると、以下のようになる。

$${\mathbb{Z}_p}^{\times}=\left\{x/y |x,y\in\mathbb{Z}\setminus p\mathbb{Z}\right\}$$

 これは{x/y}の逆元の候補が{y/x}しか無いことから、これが{\mathbb{Z}_p}の元であるかどうかを考えればOK。

 

 ここで、{f:\mathbb{Z}_p\setminus\{0\}\to\mathbb{N}}を以下のように定める。

$$f\left(\frac{y}{x}\right)=yがpで割り切れる最大の回数$$

すると、この関数が{\mathbb{Z}_p}ユークリッド関数となる。

証明

{a,b,c,d}{p}で割り切れない整数とし、{n,m}を非負整数とする。

{\mathbb{Z}_p\setminus\{0\}}の元{x,y}は「分子が{p}で何回割り切れるか」を考えると以下のように表記することができる。

$$x=\frac{a}{b}\cdot p^n,y=\frac{c}{d}\cdot p^m $$

このようなとき、{f(x)=n,f(y)=m}となっている。ここで、剰余について考えてみる。

(i) {n\geq m}のとき

$$x=\left(\frac{ad}{bc}\cdot p^{n-m}\right)y+0$$

つまり、

$$x=qy+r(q,r\in \mathbb{Z}_p),q=\frac{ad}{bc}\cdot p^{n-m},r=0$$

とすれば剰余が定義できている。

ここで、{r=0}より{f}の値を気にする必要はない。

(ii) {n\lt m}のとき

$$x=0\cdot y+x$$

より、

$$x=qy+r,q=0,r=x$$

となっている。ここで、

$$n=f(r)\lt f(y)=m $$

となっているため、剰余の条件を満たしている。

(iii) x=0のとき

$$x=0\cdot y+0$$

より、{q=0,r=0}とすればよい。{r=0}なので以下略

(証明終)

結局、{f}というユークリッド関数が存在するため以下のことが言える。

{\mathbb{Z}_p}ユークリッド整域である。

(注:一般に「ユークリッド整域の任意の局所化はユークリッド整域である」ことが言えるらしい。日本語でググっても全く出てこなかったが、英語でググったらいろいろ見つけた。*3

(注2:この関数は今の状態だと{f(0)}は定義されていない。しかし以降でこの関数が登場するとき、便宜上{f(0)=+\infty}と拡張した定義を使う場合がある。この場合では{f:\mathbb{Z}_p\to\mathbb{N}\cup\{+\infty\}}というような関数となる。) 

 

一般に「全てのユークリッド整域はPIDである」ということが言えるので、次が成り立つ。

{\mathbb{Z}_p}はPID(単項イデアル整域)である。

 

次に{\mathbb{Z}_p}イデアルがどのような形になっているかを考える。

{\mathbb{Z}_p}はPIDであるから、{\langle a\rangle,(a\in\mathbb{Z}_p)}のような形で書くことが出来るイデアル(=単項生成イデアル)だけを考えればOKである。

ここで、{\mathbb{Z}_p}に対して以下の同値関係を考える。

$$x\sim y\Leftrightarrow {}^{\exists} a\in{\mathbb{Z}_p}^{\times},ax=y$$

ここで、{\mathbb{Z}_p/\sim}という同値類について考えてみる。

 0と同値であるような元は0しかない(0に何を掛けても0なので当然)ので、0を含む同値類は{\{0\}}である。それ以外の元{x\in\mathbb{Z}_p\setminus\{0\}}について考える。これは{p}で割り切れない整数{a,b}と非負整数{n}が存在して、以下のように書ける。

$$x=\frac{a}{b}\cdot p^n$$

ここで、{\frac{b}{a}}は単元となる。つまり、以下のようになる。

$$\left(\frac{a}{b}\cdot p^n\right)\sim p^n$$

これは、{a,b}が({p}で割り切れなければ)なんでもいいため、結局以下のようになる。

$$x\sim y\Leftrightarrow f(x)=f(y)$$

よって、{\sim}に関する同値類について、{x}の代表元を{f(x)=p^n}と取ってこればよいことも分かる。

 

さらに以下のことが成り立つ。

$$x\sim y\Rightarrow \langle x\rangle=\langle y\rangle $$

これは、{x\sim y}ならば{x=ay,y=a^{-1}x}であるため、{x=ay\in \langle y\rangle}であることから{\langle x\rangle \subset \langle y\rangle}となり、{y=a^{-1}x\in \langle x\rangle}であることから、{\langle y\rangle \subset \langle x\rangle}となるためである。

 

結局、{\mathbb{Z}_p}イデアルは以下のようになることがわかる。

$$\left\{\langle x\rangle |x\in \mathbb{Z}_p \right\}=\left\{\langle x\rangle |x\in \mathbb{Z}_p/\sim \right\}$$

同値類から元をどのように取ってきても良いこと(well-defined性)は、さっき示したことから成り立つ。

さらに、同値類の代表元から元を取ってこれればいいため、最終的に{\mathbb{Z}_p}の非自明なイデアル全体の集合は以下のようになる。

$$\left\{\langle p^n \rangle |n\in \mathbb{N}_{\geq 0} \right\}$$

(注:一点集合{\{0\}}も定義上「{\mathbb{Z}_p}イデアル」という扱いができる。しかしこれは「自明なイデアル」なので省かれるのである。「自明な〇〇」とは、便利な言葉である。)

 

さらにこれらのイデアルに関しては包含関係がある。具体的には

$$\langle 1\rangle\supset \langle p\rangle \supset \langle p^2\rangle\supset \cdots \supset \langle p^n\rangle \supset \langle p^{n+1}\rangle \supset\cdots $$

となっている。これは{p^{n+1}=p\cdot p^{n}\in \langle p^n\rangle}から従う。

さらに{x\in\mathbb{Z}_p\setminus\{0\}}に対して{f(x)=n}であるならば、{x\in \langle p^n\rangle}かつ{x\notin \langle p^{n+1}\rangle}となる。

これは、{x\sim y}ならば、イデアル{I}に対して{x\in I\Leftrightarrow y\in I}が言えるからである。({x\in I}ならば{\langle x\rangle \subset I}であることと{\langle x\rangle=\langle y\rangle}から従う)

さらにこれを{x\sim p^{n},(n=f(x))}に対して適用すればよい。

 {p^n\notin \langle p^{n+1}\rangle}{p\notin {\mathbb{Z}_p}^{\times}}から言える。

もちろん、{n\neq m}ならば{\langle p^n\rangle \neq \langle p^m\rangle}も成り立つ。 

 

…と、これで一般論が終わった。これを「控えめな有理数」の問題に当てはめててみよう。実際、以下のように考えると当てはめることが出来るとわかる。

  • 「控えめな有理数」全体の集合は上記の議論において{p=2}の状況を考えればよい。ここで、{2}は素元(素数)であるため、問題なく適用することが出来る。つまり、「控えめな有理数」とは{\mathbb{Z}_2}のことである。
  • {S\langle a_1,\ldots,a_n\rangle}については、{a_1,\ldots,a_n}で生成された{\mathbb{Z}_2}イデアルのことである。

以上を踏まえて、各小問について答えると以下のようになる。

  1. 局所化したものが和と積について閉じていることを問いている。局所化したものは同様に環の構造を持っているのだからこれは明らかである。
  2. {\mathbb{Z}_2}の単項生成イデアル{\langle 2^n\rangle}で書けることを問いている。{a\in\mathbb{Z}_2\setminus\{0\}}に対して、{\sim}についての同値類に関する代表元を取ってくることが出来る。さらにその代表元は非負整数{t}が存在して{2^t}と書ける。ここで{t=f(a)}となっており、{a\neq 0}より{t\neq +\infty}となる。
  3. {\mathbb{Z}_2}の全ての有限生成イデアルが単項生成イデアルであることを問いている。*4これは{\mathbb{Z}_2}がPIDであることから従う。
  4. {2016=2^5\times 63}である。よって{f(2016)=5}であるため、2016を含むような{\mathbb{Z}_2}イデアル{\langle 2^n\rangle,(n=0,1,2,3,4,5)}となる。集合の個数としては6つである。(また、{2016\notin \{0\}}であるため{f(x)=+\infty}の場合は考えなくてもいい。念のため。)

これで解答は終わりである。

あとがき

もしこのような答案が入試で書かれたときにどのように採点されるのかは気になるところである。(まあ、このような答案を書ける受験生は滅多にいないと思うけど*5

結局の所、これが大丈夫かどうかは採点官の教授陣のみぞ知るという感じだろうか。

 

また、この問題を選んだ理由は「入試問題の中でも、大学数学の要素が特に濃い」と感じたからである。この手の問題は高校生の頃の自分は苦手だったかもしれないが、数学科に進学した今になって見ると、昔よりは解けるようになっている気がする。

 

証明の途中でPIDではなくわざわざユークリッド整域であることを示したのは、入試数学的な解法とは離れた解法で書くことを目指したからである。(とは言っても、(3)の模範解答は「ユークリッド整域⇒PID」の証明と近いようなことをやっている*6気もするので、本質的な部分を飛ばしているのかもしれない。本質がパスされるのならば、そこで減点される可能性もある?)

 

それと、単科医の数学は大学数学チックな問題や、癖の強い問題が多く出題されるような印象がある。大学数学がどんなものか気になるような人は見てみると良いのかもしれない。

 

高校数学と大学数学がどのように違うかを語ると記事が1本できるので深入りはしないが、ざっくりいうと「考え方」が異なると考えている。扱っている道具自体は小学→中学や中学→高校と同じようなアップデートをしていると思う。「控えめな有理数」の問題が「大学数学っぽい」と感じるのは、問題の「考え方」が大学数学のそれに近いからなのかもしれない。

*1:ここでは「素数」と読み替えても問題ない。

*2:一意分解整域のこと。お気持ちとしては「素因数分解の一意性が成り立つようなもの」と認識すればOK。一般に「全てのPIDはUFDである」ということが言える。今回は出番がないため前節には書かなかった。

*3:ここで紹介した方法を一般的なユークリッド整域の議論に落とし込むのは難しいと考える。「素イデアルによる局所化」なら似たような方法で行けるかもしれない…

*4:全ての有限生成イデアルが単項生成であるようなものをベズー整域という。この時点では無限生成イデアルが単項生成でない可能性も残っている。もちろん、PIDは(無限生成イデアルであっても)単項生成であるようなことを言っているので、ベズー整域よりもPIDのほうが性質として強い。

*5:滅多にいないけど、0人ではない。

*6:a_1からa_nのうち、f(a_k)の値が最小になるようなa_kを基準に考えればよい。